多空間デザインモデル

multispace design model

 

多空間デザインモデルは,デザイン科学の枠組みに基づき,デザインにおいて活用されるデザイン知識を記述する知識空間(knowledge space)と,デザイン知識を用いたデザイン行為を記述する思考空間(thinking space)から構成される.知識空間の内容については,デザイン知識の項目にて詳細を述べるので,以下では思考空間を示す.

 

■ 思考空間

思考空間には,言語や画像などを用いて表現されるデザイン要素(design element)と要素間の関係性,そして,これらを分類する四つの空間およびこれらを抽出する三つの思考が含まれる.

四つの空間は,社会的価値,文化的価値,個人的価値など多様な価値を表す要素が含まれる価値空間(value space),価値を実現するための機能やイメージを表す要素が含まれる意味空間(meaning space),意味を実現するための状態(state)を表す要素,および状態を実現するためのヒトや環境などの場(circumstance)を表す要素が含まれる状態空間(state space),状態を実現するための人工物の特性を表す要素が含まれる属性空間(attribute space)から構成される.

そして,価値空間と意味空間から心理空間(psychological space)が構成され,状態空間と属性空間から物理空間(physical space)が構成される.

一方,思考空間における三つの思考は,分析(analysis),発想(generation),評価(evaluation)から構成される.

分析は,発想および評価に用いるモデル構築の際や,デザイン思考によって得られた知見を知識空間に蓄積する際に,発想は,結果としての上位空間要素から原因としての下位空間要素を導出する際に,評価は,原因としての下位空間要素から結果としての上位空間要素を導出する際に,それぞれ行われる.

これら三つの思考の詳細については,デザイン思考の項目を参照されたい.

 

■ デザインにおける多空間

椅子のデザインを事例として,価値空間,意味空間,状態空間,属性空間の観点に基づき,デザイン要素と要素間の関係性について考察を行う.

椅子のデザインでは,椅子の形状を規定する寸法や材料などが属性空間に,椅子の形状に基づく機能が意味空間に、椅子の機能に基づく座り心地が価値空間に含まれる.

このように書くと,椅子のデザインは価値空間,意味空間および属性空間の関係を考えることに帰着できると思われそうだが,実は,この三つの空間間の関係性に着目するだけでは不十分である.

それは,デザイン対象が置かれる「場」と機能が密接な関係にあるからである.

例えば,フィット感やクッション感のような機能を実現するためには,椅子の形状や材料だけを考慮すれば良いのではなく,椅子に座るヒトの体格や座り方という場もこれらと組み合わせて考慮する必要がある.

さらに,フィット感に関しては,体圧分布のような状態空間の要素を用いて,座り心地という価値空間の要素との関係性を客観的に評価することが可能である.

しかし,クッション感に関しては,たわみ特性のような状態空間の要素を用いた定量化は可能であるものの,椅子の硬さ,柔らかさに対するヒトの嗜好(主観的知識)はさまざまであるため,その多様性も考慮に入れたうえで座り心地との関係性を評価する必要がある.

以上のように,人工物のデザインを行ううえでは,多空間デザインモデルにおける四つの空間全ての観点から検討を行うことが重要となる.